New York City Manhattanの振動

9年前にインタビューで来た時に

「このことだったのか!」

と感じ、

その後、オファーをもらえて

カリフォルニアからマンハッタンに引っ越してきて

丸8年が経った。

最初に読んでどんな感じなのかと

ワクワクしたのはまだ日本で2007年。

 

今でも毎日感じている

ニューヨークの心地よさを、

これでもか、というくらい福岡さんは的確に描写・解析している。

 

 

大好きなところなので

長いけど声に出しながら一気にタイプしてしまおう。

 

 

(『生物と無生物のあいだ』より)

しかし、この街(ボストン)には、ニューヨークで私を鼓舞してくれた何かが欠けていると感じられた。

 ボストンに住んでしばらく経ったある日、私は徹夜実験を終えて実験棟から早朝の街路に出た。芝生はしっとりを朝露を含み、透き通った空には薄い雲が一筋たなびき朝焼けの茜色に染まっていた。あたりは静けさに包まれていた。

 その時、ニューヨークにあってここに欠落しているものが何であるかが初めてわかった。それは振動”バイブレーション”だった。街をくまなく覆うエーテルのような振動。

 誰もが急ぐ舗道の靴音、古びた鉄管を軋ませる蒸気の流れ、地下に続く換気口の鉄格子から吹き上がる地下鉄の轟音、塔を建設する槌音、壁を解体するハンマー、店から流れ出る薄っぺらな音楽、人々の哄笑(こうしょう)、人々の怒鳴り声、クラクションとサイレンの交差、急ブレーキ......。

 マンハッタンで絶え間なく発せられるこれらの音は、摩天楼のあいだを抜けて高い空に拡散していくのではない。むしろ逆方向に、まっすぐ垂直に下降していくのだ。マンハッタンの地下深くには、厚い巨大な一枚岩盤が広がっている。高層建築の基礎杭はこの岩盤にまで達している。摩天楼を支えるため地中深く打ち込まれた何本もの頑丈な鋼鉄パイプに沿って、すべての音はいったんこの岩盤へ到達し、ここで受け止められる。岩盤は金属にも勝る硬度を持ち、音はこの巨大な鉄琴を細かく震わせる。表面の起伏のあいだで、波長が重なりあう音は倍音となり、打ち消しあう音は弱められる。ノイズは吸収され、徐々にピッチが揃えられていく。こうして整流された音は、今度は岩盤から上に向かって反射され、マンハッタンの地上全体に斉一的に放散される。

 この反射音は、はじめは耳鳴り音のようにも、あるいは低い気流のうなりにも聴こえる。しばしば、幻聴のようにも感じられる。しかし街の喧騒の中に、その通奏低音は確かに存在している。

 この音はマンハッタンにいればどこででも聴こえる。そして二十四時間、いつでも聴こえる。やがて音の中に等身大の振動があることに気がつく。その振動は文字通り波のように、人々の身体の中へ入っては引き、入っては引きを繰り返す。いつしか振動は、人間の血液の流れとシンクロしそれを強めさえする。

 この振動こそが、ニューヨークに来た人々をひとしく高揚させ、応援し、ある時には人をしてあらゆる祖国から自由にし、そして孤独を愛する者にする力の正体なのだ。なぜならこの振動の音源は、ここに集う、お互いに見知らぬ人々の、どこかしら共通した心音が束一されたものだから。

 

この振動がパタッと無くなったのが

昨年の3月からの2ヶ月間だった。

あの静かな世界に恐怖を覚えた。

(いや、救急車の乾いたサイレンばかりが続いていたか)