日本庭園の再考・再評価

 

こんな素敵な記事はなかなかないだろうな。。。

 

otekomachi.yomiuri.co.jp

 

将来、自分の家をアメリカで持てるなら、

やっぱり、日本庭園のスタイルも考えてしまう。

東海岸なら日本に似た四季もあるので可能だけど、

テキサスやカリフォルニアだと、全くもって維持が難しいと思う。

 

今、通勤で読んでいるのは、

 

『螢川』(宮本輝)

 

一緒に入っている『泥の河』は、

重厚な描写で、頭にこびり付いてはがれない。。。

Bohemian Rhapsody

 

『Bohemian Rhapsody』

 

2月下旬、風邪を引きながらフラフラで米国に戻る機内で観た感動作。

 

宣伝・前評判が良い一方で、

story makingでは賛否は別れていたので

日本へ行くときには体調があまりにも悪くて観る元気もなかったのだが、

NYへの帰りの便では、食事の時間くらいはと思い観てみて、

涙ちょちょぎれる。

 

Rami Malekの熱演、Live Aidのライブシーンは何度も繰り返し見入ってしまうし、

家に帰ってYouTubeでLive Aid performanceのオリジナルを観ては、また感動、涙。

このパターンは、今の新しい楽しみ方だと思う。

 

『ボヘミアン・ラプソディ』に鳥肌 映画の力で生まれた一体感 | 朝日新聞デジタル&M(アンド・エム)

 

その後のRamiの主演賞は誰も文句ないだろう。

 

大好きなQueenの歌たちがまた再注目されるとても良い機会だったし、

「いつの時代でも良い歌は残る・子供たちに響く!」という良い証明になったと思う。

制作チームの意気込みが聴衆たちにとてもよく伝わった良い映画だった。

 

YouTubeのOriginal Live Aidを成と凛奈と観ていたら

"We Will Rock You"

"We Are the Champions"

を二人が歌えること自体、So Amazing! なことだと痛感する。

 

また、今ではHIVで寛解例があることもとても感慨深い。

 

世界で2例目、HIV感染者から長期間ウイルス未検出:朝日新聞デジタル

 

世の中、変わらないようで何か行き詰まることも多く、

何が本当に進歩しているのか?と憤りを感じることもあるが

研究者たちの一歩一歩がこの世の中に貢献できているという

手応えも感じることのできる映画だった。

今ならFreddieを救えるかもしれない。

 

子供たちがもう少し大きくなって映画館で一緒に観て、

家に帰る時に一緒に歌えたら最高だろうな、と心に残る作品だった。

 

成田空港でパッと手にした本たち

 今、読んでいるのは、

『日曜日の夕刊』(重松清)

『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』(小谷太郎)

『この社会で戦う君に「知の世界地図」をあげよう』(池上彰)

 

読み終わったのは、

『心のブレーキを外す。』(為末大)

 

冬休みに日本に帰っている間、

賢が本屋でチョロチョロしていてたまに悪さもするので

全くもってじっくり本を選ぶこともできず

帰りの成田空港であまり考えず、最後の最後と思い

小さい売店で止めたストローラーの目の前にあった本棚の数冊を選ぶ。

 

本来なら、

『心のブレーキを外す。』(為末大)のような

自己啓発本にはもう興味がないところなのだが、、、

陸上選手として言動が好きだった彼のの著書を一回くらいは、

と思いあまり深く考えずに手にして会計を済ます。

実際のところ、とても読みやすく、

多くの人にメッセージが届く構成になっていて、

何故、今、講演やメディアなどで発言力があるのか納得する。

アスリートからこのような転身をうまく成し遂げているのは、

自身の選手としての成功・失敗経験をしっかり消化できているからなのではないか。

読みやすさは群を抜いているため、

今後薦め易い本と覚えておこう。

 

星を作った男 ー阿久悠と、その時代ー

この2ヶ月電車の中で賢と一緒ということもあって

読書量は大きく減った。。。

 

『たんぽぽ団地のひみつ』(重松清)

『棒を振る人生』(佐渡裕)再読

『生命を預かる人になる!』(山口孝夫)

『宇宙飛行士という職業』(柳川孝二)再読

 

『星を作った男 ー阿久悠と、その時代ー』(重松清)

 

言葉・会話は歌から生まれたという説がある。

昭和に生まれ、平成で育った自分たちの世代に

みんなと共有する、音楽・歌は欠かせないものだったと思う。

小遣いを工面して3千円もするアルバムCDを買い、

(千円で2曲のシングルは、滅多に手が出せなかった。。。)

毎週土曜日深夜のCDTVを眠くて日曜日に用事があっても心待ちしたものだ。

貸借りをして、テープ・MDと色々と編集するのも

結構時間もかかり手間であった一方、楽しかった。

 

阿久悠作詞の歌といえば、

高橋真梨子「五番街のマリーへ」

石川さゆり「津軽海峡・冬景色」

ピンクレディ「UFO」

不思議と頭の中にその情景や登場人物が浮かんでくる。

母がコンサートにも行っていてCDも持っていたので

特に高橋真梨子はよく家で聴いて

今でも歌詞を見ずに歌えるくらい覚えている。

最近の紅白で何度か聴いた後、以前はどうだったのかとふと思い

30年くらい前の音楽番組をYouTubeで料理中にかけて衝撃を受ける。

その時に一緒に出ていた沢田研二も眩しくてしょうがなかった。

 

自分たちの世代の場合は、

ポスト阿久悠の作詞となると、

シンガーソングライターが主で

松任谷由実や中島みゆき、吉田拓郎がすぐに思い浮かび、

松田聖子の数々の名曲も手がけている

松本隆はやはり外せない。

 

作詞・松本隆と作曲・呉田軽穂(名義の松任谷由実)

作詞・阿久悠と作曲・都倉俊一

の曲は今聴いても単なる懐メロとは違い毎回発見があって楽しい。

 

その後の作詞は間違いなく、

秋元康

 

作詞・作曲ともにとなると

小室哲哉

つんく

桜井和寿

YOSHIKI

 

一度どこかで聴いた

「打上花火」「Lemon」が

その後頭の中でずっとヘビーローテションしていまい

この曲は何なのかと訳が分からず

それまで全く知らなかった米津玄師が両方を作っていたことを

ここ最近知り、新しい才能に驚く。

今回の紅白のキッズコーナーで初めて聴いた「パプリカ」もずっと耳に残る。

彼本人の歌「Lemon」の演出もとても良くて

あれならNHKホールでは無理だと納得する。

米津玄師のおかげで、

今後の紅白のNHKホール外の歌・演出の質が

(それぞれの歌手のコンサートの抱き合わせから脱却し)

グッと上がってくれるのではないかと期待する。

 

『星を作った男 ー阿久悠と、その時代ー』(重松清)

 のすごいところは、

阿久悠の生い立ちから彼の作品を作るモチベーションを丁寧に

紐解いていくところである。

作家たちは狂気で、

世の中と折り合いをつけるために

作品を書いているのではないかと思わざるを得ない。

阿久悠が自ら示し個人の限界を極限まで引き上げた

テレビ番組・音楽・本の『量と質』の恩恵を受けたのが

自分たちの世代だと思う。

 

一方、歌、作詞・作曲を生かすのは歌手であるが、

平成のナンバーワン歌手は、globe keikoだと思う。

彼女の魅力は、歌唱力のみならず、声色がとても豊富で

自身だとすぐわかるクレジットの声のみならず

松田聖子のようなアイドル曲

水樹奈々のようなアニソン

小室ファミリーのhitomi、trf、華原朋美などを

一人で独占してしまっているようで、

Precious Memoriesやメニクラのようなバラードももちろんできるから

これまでの昭和・平成の名曲を全て物にしてカバーしまう末恐ろしさがある。

「もしも」があるのなら、、、

彼女がglobe中心の活動から幅を広げ、

舞台・ミュージカルや声優にも取り組み

YOSHIKI、つんく、桜井和寿、松任谷由実の楽曲をもしも受けていれば、、

でも、小室哲哉はこの才能を独り占めしたかったのではないか?

と押入れに入り込んでいたテープ、CDやMDの山を片付けながら思う。

 

(今回の投稿は、12月上旬から少しづつドラフトを書き、やっと年越しして完了)

『あきらめない心』『ぼくはこう生きている 君はどうか』

『あきらめない心 心臓外科医は命をつなぐ』(天野篤)

 

自分たちの薬剤開発とは違うようで

同じ目標を目指す外科の人たちの心情がよくわかる名著。

内科、外科、看護の連携が如何に大事かが分かる一方、

現実にはとても難しいことなのだと思う。

 

 

再読

『ぼくはこう生きている 君はどうか』(鶴見俊輔 重松清)

 

鶴見 私が祖父(後藤新平)を抜いたと言えるものが一つだけあるんです。それは勲章をもらわないこと。祖父は勲章をもらうのが好きでね。どんどんもらっちゃうんだよ。(笑)

重松 いまはおカネやモノを増やすことに価値を見いだす時代だけれども、「これだけは増やさない」というものも何か一つ持ったほうがいいかもしれませんね。

鶴見 そう、それそれ。だから私は勲章をもらわないんだよ。(笑)

重松 うちの親父たちの世代だったら、子供に何を買い与えることが親の甲斐性だったわけですよ。いまの時代は、たとえば「子供にはケータイは持たせない」とか、「ゲームの時間を限る」とか、何か減らす方向のものを親の哲学として持っておかないとだめかもしれない。

鶴見 漢文にあるでしょう、「為す有るものは必ず為さざる有り」、それなんだよ。「為す有る」というのは、だいたい世間を主として、世間の評価に合わせるわけだから。だからさっき言われたように、家庭がめざすべき里程標は何か。それが問題なんです。

重松 それは、僕はやっぱり基本的には子供の健やかな成長なんだと思うんです。

鶴見 そう。私は母親に対して一つだけ恩返ししていると思うんだ。それは、自殺に失敗したこと。(笑)

重松 そこですよ。生きるということだけで実はすごいことだと思うんですよ。成績が上がったとか、受験に受かったとかいうことよりも、「元気でよかったね」と。そこが原点だと思うんです。

鶴見 どんな子供でも家のなかでは世界一の有名人なんです。家のなかで無名な子供なんていない。そのかけがえのない財産を大切にすることに尽きるんじゃないかな。それが、家庭・家族の持つ最大の意味だと思うね。「自殺しない」ということが最高の親孝行なんです。

2度目の「蜷川実花になるまで」

p.85

の時できて私が打ち出したいイメージを写真集の表紙にしています。有名にしたい写真、”蜷川=あの写真”と思って欲しい写真は、計画に出しています。自分のイメージをある程度操作するんです。

ただ、撮っている時は戦略的なことは一切考えません。撮っている瞬間は純粋に撮りたいから撮っているだけです。

撮影時は、どこまで不純物を排除し、イノセントになれるか。どれだけピュアな気持ちでシャッターが切れるか。その一点が本当に大切になってきます、逆に、発表時にどこまで第三者的な視点をもてるかといった、両極のバランスをとることが、私の創作活動においてのキモになります。その距離は離れていればいるほどいいんです。中間は入りません。結構、徹底してそうするようにしています。

 

p.106

私の下でアシスタントの経験を積んだから絶対にプロのカメラマンになれるという保証はどこにもありません。アシスタントとしての技術は教えられても、個性は絶対に教えられるものではないですから。アシスタントして有能だからといって、プロになれるわけでもない。私のところからは、アシスタントしての仕事を最後までクリアして、独立した人はまだひとりしかいません。彼女はいま、プロのフォトグラファーをして仕事をしていますが、そこは本当に難しいですね、たとえ、フォトグラファーになれなくても、人としてきちんとした人には育てあげたいと思っています。その後になんの仕事に就いても大丈夫なように、常識ある人間になって卒業してもらえればと。