神谷の仕草

『火花』

p.21

「神谷さんは目に落ちかかる前髪を、時折指で払った」

 

この仕草から、「そやから、あんなぁ〜」とう神谷の言葉が聴こえてくる。

 

小説を書く人たちをとても尊敬している。

 

景色や仕草の描写から、

暗に登場人物たちの気持ちの変化や、

これから起きることを暗示することは

一つの習得できる技術なのかもしれないが、

自分には到底難しいものだとずっと思ってきた。

 

それと、頭に浮かぶ数々のアイデアやストーリーを

どうやってすぐに書き留めたり記憶することかできるのか不思議でならない。

どんなに急いでも、書くスピードは思考に追いつかないはず。

キーワードを書き留めて記憶をなんとか留めるのであろうか。

あとからパズルのように整理してはめ合わせるのだろうか。

 

千円未満でそういった作品の数々を手に取り、

自分の血肉とできるというのは非常に有り難いことだと思う。

自分が書籍を購入することで、作家にその対価を払い

次の作品を期待することは、自分への投資だと考えている。

 

自分が中古本や図書館を利用しない理由は、

作家へ直接対価が払えないからである。

読書はお金を節約するところではないとずっと決めている。

確か、学生のころに読んだ「東野圭吾のエッセイ」の影響だったと思う。 

 

テレビドラマなど場合は、この点難しいが、

DVDを購入することが現在唯一の方法なのかもしれない。

(これまでは、『龍馬伝』『パットとマット』のみ)

最近のほとんどの映画は、日本とNY間の機内で見ているので、

(往復平均8本)

航空券代で間接的に払っている感覚がある。

 

 

<運動>

ラン(50分、from lab to 86th street to pick up Joe from his friend house)