調律
先月一時帰国した時に母に勧められた
『羊と鋼の森』(宮下奈都)
を読み終える。
自転車もピアノに似ているところがあるかな、とふと思った。
僕には才能がない。そう言ってしまうのでは、いっそ楽だった。でも、調律師に必要なのは、才能じゃない。少なくとも、今の段階で必要なのは、才能じゃない。そう思うことで自分を励ましてきた。才能という言葉で紛らわせてはいけない。あきらめる口実に使うわけにはいかない。経験や、訓練や、努力や、知恵、機転、根気、そして情熱。才能が足りないなら、そういうもので置き換えよう。もしも、いつか、どうしても置き換えられないものがあると気づいたら、そのときにあきらめればいいではないか。怖いけれど。自分の才能のなさを認めるのは、きっととても怖いけれど。
「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。どんなことがあっても、そこから離れなれない執念とか、闘志とか、そういうものと似ている何か。俺はそう思うことにしているよ」
柳さんが静かに言った。